『モアナと伝説の海』: 初期段階の『How Far I’ll Go』がまったくの別物だったというお話
DVD発売に合わせて、今日は『モアナと伝説の海』の主題歌である『How Far I’ll Go』のお話です。
(※一部『モアナと伝説の海』に関するネタバレが含まれているので未見の方はご注意ください。)
■ディズニー作品に置ける「I Want Song」とは
まず、ミュージカル作品において、主人公の夢や望みなどを伝える「I Want Song」というものがあると言われています。これはミュージカル全般で言われていることですが、ディズニーの主人公たちにもこの「I Want Song」に該当する歌がよく見られています。
主人公は心から何を望んでいるかを歌で伝えていれば、大体それが「I Want Song」になります。自分の憧れだったり、今後はこうしたいという決意だったり、色々あります。ここで歌われる望み/願望は主人公の主要なモチベーションであり、主人公の行動のベースになってきます。
■『リトルマーメイド』の場合
過去のもので言うと、『リトルマーメイド』はアリエルの『パート・オブ・ユア・ワールド』がありますね。地上の世界に行ってみたい、人間が足で踊っているところを見てみたい!と、そんな思いを歌っています。(英語版は「I wanna be where the people are, I wanna, wanna see them dancing」という歌詞でまんま「I want」と言っていますね。
この望みを叶えるために、アリエルはウルスラと取り引きをし、期限付きで人間にしてもらいます。これは「I Want Song」で明かされた望みが直接的に主人公の行動に表れているとても分かりやすい例です。
■『美女と野獣』の場合
『美女と野獣』にも主題歌ではないものの、「I Want Song」に当たるものが確かにあります。『ベル』の歌で、ベルは地味な田舎暮らしの中で小説を読みながら他のもっと素敵な世界のことを夢見ている、そして町の人たちに少し変わった娘だと思われている、という情報が伝えられています。
英語の歌詞は「There must be more than this provincial life」(こんな田舎暮らし以外にもっと何かあるはずだ)となっており、日本語版の「もっと素敵な世界が見たい」とほぼ同じニュアンスになっています。
この歌の内容から、ベルがその後結婚の申し込みを断るところや、野獣のことを見た目だけで判断せずに中身もちゃんと見ることができる視野の広さなどが読み取れます。
■モアナが歌う「I Want Song」
では、モアナの「I want Song」である『How Far I’ll Go』について話しましょう。
こちらは「水平線の先にあるものを見てみたい」という願望がベースになっています。
前回のエントリーでご紹介したように、この主題歌を含めモアナの多くの曲を作っているのはリン=マニュエル・ミランダという人ですが、彼がいくつかのインタビューで『How Far I’ll Go』について語っています。
その中に、この主題歌が『モアナ』とそのキャラクターにどのような影響を与えたかについて話している興味深いものがありましたので、ご紹介しようと思います。
※インタビューはバラバラの媒体・記事から一部抜粋したものを分かりやすい順番に並べています。
まず最初に、『How Fall I’ll Go』ってどんな歌か?という質問に対してリン=マニュエル・ミランダはこう語っています。
「難しい歌ですよ。「ここが嫌い、あそこに行きたい」ではない。「こんな田舎暮らし以外にもっと何かあるはずだ」※でもない。彼女は島が大好き、親が大好き、村の人たちも大好き。なのに、心の中から訴えかけてくる声がある。」※この部分は『ベル』の歌詞の一部を引用しています
―Trippin' With Tara 2016年11月22日 「Lin-Manuel Miranda」
確かに、モアナの場合は島に対して嫌な想いがあって出ていきたいのではないし、日頃から外の世界に対する興味・好奇心を抑えるようにして島で自分の与えられた役割を果たそうとして頑張っています。これはアリエルともベルとも明らかに違うところで、『モアナ』の作品においてかなり大きな特徴になっていると思います。
ところが、別のインタビューを見てみると、『How Far I’ll Go』は最初からこのような内容ではなかったようです。リン=マニュエル・ミランダによると、その前身となる、かなり違う歌があったそうです。
「実は『How Far I’ll Go』を書くに前に、最初は『More』という、ゆくゆく『How Far I’ll Go』に進化する歌を作りました。『More』は良い歌でしたよ。申し分ない歌でしたが、その中でモアナは「よし、この島はもう慣れっこだ!外に何があるか見てみたい!」と歌っていました。」
―The DINNER PARTY Download® 2017年2月10日 「Lin-Manuel Miranda on ‘I Want’ Songs, Going Method for ‘Moana’ and Fearing David Bowie」
元の『More』という歌は『リトルマーメイド』や『美女と野獣』の歌にやや近い内容だったようですね。
では、それが今の形になったのは何故でしょうか?
インタビューを読み進んでみると、それは『モアナ』の作品世界と大きな矛盾が発生してしまっていたからそうです。
■『いるべき場所へ』
作中に『How Far I’ll Go』の直前に『いるべき場所へ』という歌があります。 『いるべき場所へ』では、モアナのお父さんを中心に村の人々が島での幸せな暮らしについて歌っており、『More』はまさにここと合致しなかったようです。
「村とその暮らしがいかに素晴らしいかを歌い、(歌を通じて)その世界が大好きになっていました。なので、その世界を大好きになった直後、いきなりモアナの歌が「この世界から出て行こう!」という内容じゃ行けなくて(笑)「ここがこんなにも大好きなのに、頭の中でこの声が訴えかけてくるのは何故だろう」でなければいけなかったんですよ。」
―People 2017年2月24日 「How Lin-Manuel Miranda's Oscar-Nominated Moana Track Evolved into Disney's Most Unique Ballad」
確かに、『いるべき場所へ』ではモアナの島とのその村がかなり素敵な描写をされています。歌と映像の表現の中でモアナが外の世界に興味を示しているのは間違いないですが、それでも「海に出ちゃいけない」という村(と父親)の掟を受け入れようと頑張っていることや、島に対する愛情が本物であるのは明らかです。
個人的にこの歌を最初に聴いた時は、「and no one leaves」(そして誰も出ていかない/出ちゃいけない)の歌詞はやや締め付けられるような窮屈さを感じたりもしましたが、島が悪いところでも、モアナの家族が嫌になるという感じではないと思います。
具体的に歌の変更についてリン=マニュエル・ミランダはこう話します:
「『How Far I’ll Go』を今の形にしてくれたインサイトがありましたよ。彼女が今いる場所が嫌いで違うところに行きたい、というわけじゃないんです。モアナはその場所が大好きです。親が大好きです。島が大好きです。島のコミュニティが大好きです。それでも彼女に訴えかけてくる声があるんですよ。
それで、それがより複雑なモチベーションでありつつ、より僕が育った中で経験したものとも近かったです。僕は自分のことを応援してくれる、愛してくれる親がいた。大好きな近所に暮らしていた。学校に行ったら、友達もいた。でも、「映画と番組を作りたい」という僕が持っていた夢と、その当時の僕のいた現実は実に掛け離れすぎていました。いわゆるショービジネスの職業をしている人を誰も知らなかった、その世界の人を知る術もなかったんです。」
―The DINNER PARTY Download® 2017年2月10日 「Lin-Manuel Miranda on ‘I Want’ Songs, Going Method for ‘Moana’ and Fearing David Bowie」
更に、『How Far I’ll Go』を作るに当たり、よりモアナの精神状態に近づけるためリン=マニュエル・ミランダがある工夫をしたと話しています。
「この歌(More)が今の『How Far I’ll go』に進化したのが僕が実家で作業していた時だったのは偶然じゃありません。メソッド演技法のような感じでしたね。実家の自分の部屋にこもって、「よし、今の僕は16歳で本当にやりたいことと現在の自分との間に絶対に越えられない無理な距離がある!」と自分に言い聞かせたんです。」
―The DINNER PARTY Download® 2017年2月10日 「Lin-Manuel Miranda on ‘I Want’ Songs, Going Method for ‘Moana’ and Fearing David Bowie」
前回のかなり前に書いたエントリーでリン=マニュエル・ミランダの経歴をあれほど詳しく書いた理由はこの上のインタビューです。
リン=マニュエル・ミランダは今では天才的なミュージカル制作者として知られている「すごい人」ですが、彼も16歳の頃はそれは絶対に考えられなかった未来でした。その頃の彼はモアナ同様、届きそうにない世界のことを夢見ていました。このように、制作者の想いと物語の主軸・主人公の魂が密接につながっていると思うと、実に興味深いですね。
また、この歌の変更が物語に与えた影響は計り知れないと思います。
もし『More』がそのまま使われたのなら、モアナが島の暮らしに飽きた後、どうにかして海に出て自由になる物語になっていたのかもしれません。それはそれで良い物語だったかもしれません。
ですが、この作品は冒険物ではありますが、同時に島のリーダーになる運命を持つモアナが試される物語でもあると思っています。
その中で、島と村人に対する責任だけでなく、自分の望みも大切に思っても良い、追いかけても良い、というメッセージが感じられるところは本当に良いなと思います。
島での責任を最優先し、海に出ることを一切あきらめる自己犠牲を美学とする物語になる可能性だってあったと思うと、本当に主題歌が『How Far I’ll Go』 になって良かったと思います。(さすがにディズニー作品にそのような夢のない展開はないと思いますが。)
とにかく、肝心な「I want Song」で歌われる内容が違っていれば、作品全体もまったく違うものになるということはこの話を通じて実感して頂けるのではないかと思います。
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それにしても、これらのインタビューを読んでみて思ったのですが、ディズニーの映画は必ずしもストリー⇒音楽、という簡単な流れでは作られておらず、音楽とストーリーは互いに影響し合って最終的に作られるものですね。
イメージでは「こんなキャラクターはこんな場面でこんな歌が必要なんで、よろしく!」くらいのものだと思っていましたが…全然違いますね。
インタビューから伺われる感じでは、ディズニーは音楽とストーリーの化学反応を大切にしているようで、それは良い作品ばかり作られるわけだと納得しました。
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【お詫び】
実はこのブログを三カ月くらい前にアップする予定でしたが、色々あって、気付いたらDVDも発売される時期になってしまいました…すみません。
今後はもう少し頻繁にブログ更新ができればと思っています。
(実現できるかは少し微妙なところですが…)
では。